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Sumpah pemuda(青年の誓い)②

到着すると、学生と先生たちが敬礼(日本の敬礼とは少し違い、手のひらを正面に向ける)をしていて、「先生も一緒に!」と促されました。

ちなみに、生徒はちょこちょこありましたが、先生が敬礼したのは後にも先にもこの時だけです。


私はそのあと、お偉いさま方がいる席の横にある、先生用の少し見晴らしがいい席(テント)に、おこがましくも一緒に座らせていただき、upacaraを見ていました。

(学生は学校ごとにまとまって整列しています。立ちっぱなしです。遅刻した生徒は広場に入れないので外に溜まっています。)


内容としては、

オリジナルの「青年の誓い(オランダ領であった1928年10月28日にバタヴィアで開催されたもので、インドネシアの統一に関して、インドネシア青年会議によって議論された)に基づき、インドネシアの国家目標の反芻、軍のバンドによるファンファーレ、学生による国歌斉唱(なお無伴奏)、垂れ幕のついたバルーンをお偉いさま方で飛ばす、など。


学生たちは屋根も何もない広場に立たされていたのでなかなか暑そうで、後半はパタパタと仰いでいましたが、「休め」や「直れ」などには見たことがないほどきびきびやっていました。(たぶん普段がゆっくりなだけ…)


セレモニー後半になると、先生たちにはいつものBOX(一番安いサイズの水とパンが2個入っているアレ)が配られました。私も貰いました。いつものより少しクオリティが高かった気もする。


正直な感想とすると、なんかあっという間に終わりました。

私は普段朝礼の参加もしていないので、物珍しかったのもありますが、国全体の行事にしては終わるの早いなと(8時40分には解散だった)。


ちなみに2016年の今回は、“ke 71”。つまり71回目のSumpah pemuda。

あぁ、戦後に始まったのね、と、途中Bapak Baliに思いをはせながらの参加でした。

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